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根古谷
暗闇の中を這いずる影に弓矢を射る。何本目か分からぬ矢は、皮の切れた指の血で滑り影を仕留める事はなかった。「一体何じゃ…射っても射ってもキリがないぜよ」呟いた声は震え、根古谷は泡だつ肌に寒さを覚える。(呑み込まれる)思った時には足元をすくわれ、影へと落ちた。跳ね上がるようにして飛び起き、根古谷は脂汗の浮かぶ額に手をやった。荒い呼吸が夢の中で聞いた音と重なり、慌てて首を振る。手繰り寄せた弓矢を掴む指先が小刻みに震えている。(嗚呼)握りしめ、根古谷は膝を抱えて目を閉じた。人里離れた森の奥で、今日も一匹の猫が鳴いている。
#学生戦争
#学生戦争
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大和と武藤
「Trick or Treat」と言った大和の言葉の意味を事前に知っていたのか、武藤は微笑んで「菓子はないんだが…いたずらするか」と腕を広げて問い返した。これには大和の方が言葉に詰まり、参ったと言わんばかりに熱の浮いた顔を押さえると「していいのかよ」と珍しく弱々しく言った。
#学生戦争
#学生戦争
大和と武藤
「何か欲しいものはあるか」と聞いた武藤に、大和は口を閉ざした。この場合、"武藤から"欲しいものを考えるべきなのだろう。普段、武藤に関しては欲しいとも言わずに手を出すのが大和である。いざ聞かれてみても応えを持っていない事に、欲が無いほどに幸せなのだと思い知る。まあ、と一拍置いて、大和が「今日一緒にいれりゃいい」と言うと、武藤は可笑しそうに笑った。「なんだそれは、普段と変わらないじゃないか」つまりは、そういうことだ。
#学生戦争
#学生戦争
大和と武藤
武藤の好きな季節は春と秋だという。自身の生まれが、武藤が大切な者たちと死に別れた夏と冬では無かったことに、大和はホッとした。「おめでとう」思い出したように言った武藤に「おう」と応える。一歩近づいてもまた離れる差も気にならない年齢になってきた。それでも、祝いはお前がいいのだと、年下らしく強請ってみるのも良い。大和は秋の深まる空を見上げ、あと何度繰り返すか分からない祝いを想像し、笑んだ。「めでたいな」呟くと、自分で言うなと武藤が肘で小突くものだから、大和はそれがまた嬉しく、出会ってからの全てが祝いだと思った。
#学生戦争
#学生戦争
大和と武藤
頭が膨張するような感覚がして、視界が閉ざされていくような錯覚を覚える。身体の芯が冷えるのとは逆で、燃えるように熱を持っている。(暑い)俯きながら武藤は思った。機械的な指示だけで身体は動いている。手足を前に出せ、決して止まるな。意志だけが、武藤を動かしている。不意に男と目が合った。止まっては倒れると思った瞬間、男は武藤の頭から水をかけた。「目ぇ覚めたか」大和は乱暴に武藤の腕を掴み座らせると「暑さにやられて何ふらふらしてんだよ」と、些か怒気の混じった声で言った。見上げた男の顔に、ゆっくりと瞬きをする。(眩しい)と武藤は思った。
#学生戦争
#学生戦争
武藤
桜が空を埋め尽くすように咲く春も、蝉の鳴き声が響き渡り入道雲と伸びゆく葉が生い茂る夏も、燃えるように散る紅葉の秋も、静まり返り耐え忍ぶ雪に覆われた冬も、武藤は涙が出るほど好きだった。ただそれだけで良い。四季を感じ、大切な者と穏やかに過ごしたい。ただ、それだけで。
#学生戦争
#学生戦争
東郷と武藤
まとわりつく湿気に酸素を求めて息を吸えば、噎せ返るような腐敗臭にえずき、嗚咽が漏れ喉がせり上がった。横たわる肉と血と泥を無表情で見下ろす。武藤が今恐ろしいのは「虚無」だ。恐怖も悲しみも何も感じない事が恐ろしい。生理的な涙が零れ落ち、事実だけを受け止める心が泣いた。
#学生戦争
#学生戦争
男と主人公
例えば階段をだらだらと降りる姿に苛々する。違う歩調で生きる人間なのだと理解していても、自分の世界における不協和音を嫌う男にとって、些細な事ほど不快だった。(嗚呼無理だ)思った時には、男は舌打ちと共に足で目の前の男の背中を蹴っていた。スローモーションの中で、歪に口元を歪める。
#先に逃げ出したのは神様だから俺は悪くない
#先に逃げ出したのは神様だから俺は悪くない
大和と武藤
泣いているのだろうな、と大和は思った。平素と変わらぬ顔の武藤の瞳に涙は無いが、ガラスの器に水が滴り落ちるのを大和は空想した。武藤という男は不器用で、何より、自分の感情を表に出すことをまるで罪であるかのように考えている。泣けば受け止めてやるのに、と思いながら手を手繰り寄せた。
#学生戦争
#学生戦争
大和と武藤
飲み込まれてしまいそうな大きな海に、武藤は胸元を強く握りしめた。呼吸の仕方を忘れたか、あるいは溺れたように息苦しかった。自身の根源となる場所から何かが這い上がってくる。(知らない)けれど、知っていた。海に立つ男の背を、武藤は知っている。恋、思慕、恋慕、熱情、愛。単語で表現した途端に、掴むことはできずともあったものが、気化したように見えなくなる。全身が、五感が、目の前の男の存在を知覚している。漏れた嗚咽に振り返った男の名を、武藤の魂が知っている。
#学生戦争
#学生戦争